The Dragon Scroll

Be just and fear not.

ギルドワークスの代表を退任します。

f:id:papanda0806:20200325065715p:plain

 ギルドワークスの代表を2020年6月でもって退任いたします。

 2014年4月からつとめてきたギルドワークス社の代表を退任することにいたしました。丸6年のつとめとなります。

 「自分の会社を退任するってどういうこと?」と思われる方もおられると思います。ギルドワークスは創業メンバーおよびその設立を後押しして下さった事業会社の出資によって成り立っています。ここまで会社の代表としてその任を果たして参りましたが、ギルドワークス自体は私の個人会社ということではありません。後任についても定めております。その周知については、ギルドワークスの会社サイトで案内します。

 退任を決めた理由は、自分の時間の使い方、優先度を変えるためとなります。具体的には2つあります。一つは、家族に向けた時間の優先度を上げることです。私は2006年に転職のため大阪から東京に出てきました。15年近い歳月が流れたことになります。この間、家族の環境も時とともに自ずとと変わってきました。私も相応年齢を重ね、家族に対して自分の役割を果たす必要があると捉え、そのために割く時間をこれまでよりも増やすことを決めました。

 もう一つは、自分のこれからのミッションとして置いたことに専念するためです。2019年のむきなおりにて、自分のミッションを再定義しました。

ichitani.com

 今、日本はDXという言葉の下、大小様々な変革が時を同じくして始まっています。こうしたバズワードは、これまで幾度となく聞こえて来たものですが、今回の変革への機運は日本にとっては惑星直列的なチャンスと見ています。それは、経営サイドの一方通行な打ち出しでもなく、現場サイドの草の根的な取り組みではなく、経営と現場の両者の危機感と意欲ががっつりと噛み合った活動となる千載一遇の機会と言えます。

 かつてアジャイル開発に取り組むこと自体がとてつもなくマイノリティで、組織の中でまともに取り合ってくれる人がほとんどいなかった、あの時代と比べる懐古に浸っている場合ではありません。上席だとか現場リーダーだとかという立ち位置に関係なく、これまでの前提やあり方を塗り替えるべく、大小様々な一歩があちらこちらで踏み出されている様相です。

 大企業におけるDX、地方アトツギの挑戦、国自体のDX。これまでの日本を支えてきたプレイヤーたちの自己再定義。当然、そこで求められる仕事は華やかなことばかりではなく、むしろ10年20年モノの暗部に立ち向かうことに苦心するところです。私のあるクライアントはその状況を指して、「油っこい」と自嘲気味に表現されました。油のように絡みつくものを、丁寧に解きほぐしながら、リープ(跳躍)を目指す。とてつもなく難しい仕事です。

 DXの最前線に出て、感じています。DXはまるで総合格闘技です。これまでの知識と経験を総動員する必要があります。何をつくるべきかを探索するための仮説検証、少しずつ理解を形作るためのアジャイル開発、関係者との合意形成、SoRとSoEそれぞれの特性を踏まえた技術方針の検討、手付かずだった内製チームのゼロからの立ち上げ、さらには新たなビジネスモデル、新規事業の構築、そのために必要なプロダクト開発。もはや、新たに組織作りと言って過言ではありません。

 先日、このような話をさせていただきました。

 20代、30代、それぞれの局面で自分の役割につとめてきたつもりです。その上で、40代にはまた40代の役割があると感じています。20代は自分のために、30代は顧客と自組織のために、研鑽しながら結果を出すことにつとめる、で良いように思います。これはあくまで私が自分自身に課す考えでしかありませんが、40代は社会のために自分ができることをやる、そうした役割があるのではないのかと考えるようになりました。

 その帰結が、国、地方、大企業というこれまでの日本の社会を支えてきた人たちのトランスフォーメーションを支援することです。この活動に取り組み始めて、やはりその困難を味わうと同時に、東京に出てきたときのあの時の、会社の中でコミュニティを立ち上げたあの時の、仲間と会社を立ち上げたあの時の熱狂が自分の中にふつふつを湧いてくるのを感じています。

 日本は、先進国ではなく、発展途上国でもなく、衰退途上国だと言う人がいます。残念ながら、データによってそれは裏付けがされているようです。私の世代であれば「まあ、そんなもんだよね、仕方ないよね」と片付ける方も少なくないはずです。私たちの世代はバブルの後始末世代の次にあって、ミレニアム世代の一つ前にあたり、国家の宰相からも「割を食った世代」と呼ばれる位置にあります。ですから、困難に対峙することは平常運転で、そんな中で育てた感覚とは「まあ仕方なし」という物分かりを良くすることなのでした。

 今の状況も「仕方が無い」という範疇になります。未来はすでに約束されてしまっています。私は日頃、事業作りやプロダクト作りに関わっており、誰にも正解がわからない状況を少しでも前に進めていくためにはどうしたらよいか、という不確実性への適応を最大のテーマとして掲げています。にも関わらず、社会という大きさで捉えると、実に確実性の高い未来に向かって生きているのです。

 冗談ではないと思いました。私たちは、過去の栄光の中を、あるいは10年20年後の絶望の淵を生きているわけでもありません。今を生きています。明日が分かりきっているならば、逆に今日の不確実性を作り出すことができます。分からないことを分かるようにとつとめながら、その一方で不確実性を高めるようにする。日本のかつてのメインキャストによるトランスフォーメーションは、まさに不確実性への越境と言えます。こうした動きは10年前には考えられなかったことです。正真正銘の危機感が駆動する力となっている、この機会を逃したら何十年単位で取り戻せない、そんなタイミングに私たちは居るのです。

  このトランスフォーメーションを進めるためには、その変革の現場に身を置き、寄り添い丁寧に伴走する必要があります。それに専念するために、自分の選択を自分で背負うために、今回の判断をいたしました。それは私の人生にとって、まさに不確実性を作り出す選択と言えます。

 トランスフォーメーションに関する仕事は、もう一つの自身の会社で取り組んでいきます (株式会社エナジャイル 越境支援 )。この会社の装いも、新たなミッションにむけて大きく変えます。何を始めるのか、今後より詳しく言語化していきたいと思います。

 この1年はこうした判断ができるように、少しずつゆっくりと組織としての形態を変えてきたところはあるものの、もちろん少なからずの影響を受けるメンバー、関係者の皆様がいらっしゃることになります。これから退任までの時間を使って、その手当てにあたるとともに、退任後もギルドワークスを支える役割を続けていくつもりです。

 ここまで、ともに事にあたって下さった皆様に心から感謝致します。願わくば、次のジャーニーでも、ともに越える仲間であれたら。この上ありません。