デザイン思考、人間がその最高の材料。
ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術 の著者、棚橋さんを講師にお迎えしてデザイン思考のワークショップ
を企画開催しました。
- 作者: 棚橋弘季
- 出版社/メーカー: 日本実業出版社
- 発売日: 2009/06/29
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- 購入: 16人 クリック: 177回
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7月24日 DevLOVE DLuidデザイン思考のワークショップ Design thinking for work(東京都)
KJ法やペルソナ、シナリオデザインを実際に手を動かしながら学ぶ、ワークショップです。
チームにわかれてワークをこなします。今回は、3チームでした。
同じテーマのワークショップを、ゆうすけさんと企画して、2009年の同じく夏に開催しています。
(講師はやはり棚橋さん)
今回のワークショップの内容は、その時とほぼ同じものでした。
内容は同じですが、感じたことは少し異なった。
ワークショップではペルソナを作った。
ペルソナがどのくらい活き活きしているかで、その後のアウトプットにかなり差が生まれてくる。
「活き活き」とはどういうことか。私が感じるのは、そのペルソナが面白いかどうか、だ。
扱うに足る、魅力がそこにあるか。話が引き出せる、深みがあるか。
ペルソナの後に、対象の行動を考えるシナリオデザインがあるのだが、おそらくシナリオを改めて、
考えこまなくても、ペルソナ自身が語ってくれる感覚になるのではないかと思う。
考えなくても、自然と浮かんでくるイメージ。
この、「ペルソナが活き活きとしてくるか」どうかは、KJ法をやる時点で分かる。
僕らのチームは素材選びで失敗して、素材群の要素の統合→ラベル付けがかなり困難だった。
やりにくいな、と思った時点で素材を変えるべきだったのだ、という。これは、素材の読み込み、
対象の理解が不足していたのだと思う。
今回のワークショップではユーザモデリングをやらなかったが、やらないことで逆にモデリングのメリットを
強く感じることになった。モデリングによって、対象の理解度は圧倒的に違ってくる。
モデリングは成果物を残すことより、その過程によって対象の理解を深めることの方が余程重要だろう。
モデリングを通して、KJ法をやるための、脳が鍛えられる感覚がある。
ユーザモデリングに関しては、棚橋さんの本に詳しく載っている。
ペルソナ作って、それからどうするの? ユーザー中心デザインで作るWebサイト
- 作者: 棚橋弘季
- 出版社/メーカー: ソフトバンククリエイティブ
- 発売日: 2008/05/30
- メディア: 大型本
- 購入: 14人 クリック: 154回
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プロセスが同じでも、メンバーが異なればアウトプットも変わる。当然のことだけれども。
創造的な活動において、人間がその最高の材料になる。
ソフトウェア開発も同じ。一つとして同じものは出来上がらない。
「誰がやっても同じになるように。」という言葉が現場で聞かれることは少なくないと思うが、
「誰がやっても同じようになる」成果物はその程度のものということ。そこは勝負どころではない。
結果が違うからこそ、人間の手でやる意義がある。
もう一歩進めると、デザイン思考をチームでやる意義もみえてくる。
なぜ、一人でやらないのか。意見の衝突が無い分、生産性が高そうだ。だからこそ、チームでやる。
一人で考えると、視点が固定されアウトプットの幅や深さが広がらない。異なる視点、感覚があればこそ、
異なる意見のぶつかりの中から、思ってもみないものが出てくる可能性が高まる。
チームワークは必要になるが、あまりにまとまり過ぎると、かえって、出来上がるものの面白味が欠けるだろう。
デザイン思考のワークを、あまりに予定調和に進行すると、チームでやる意義が薄れる。
一方、あまりに混沌としていても、アウトプットに繋がらない。このバランスが難しいし、デザイン思考を
やる上での鍵になると思う。
棚橋さんが言った、「たくさん失敗をすること」はデザイン思考の1つの本質なのだと思う。
結果的に失敗だったと感じることも、恐れずそれを言葉(形)にしてみることで、その時の、誰の、何に、
作用するか分からない、意図せず繋がるかもしれない。
形にして、共有することには価値がある。むしろ、そこからが始まりなのだ。