The Dragon Scroll

Be just and fear not.

良き師、良き友、良き書。

久々のエントリです。
連休前が異様に忙しかったので、書く暇がありませんでした。
連休に入ると、間もおかず帰省し、概ね平穏な日々を
送っていました。
今日で、私の連休も終わり。


つい先日、仕事をしていてふと気付いたのですが、
仕事のやり方というのは、自分流と思っているつもりでも
多分に他の人の影響を受けてきているのだろうなと。
特に、師匠の影響を。


東洋哲学者の安岡正篤氏の言葉にこのようなものが
あります。

人間はできるだけ早くから、良き師、良き友を持ち、良き書を読み、
ひそかに自ら省み、自ら修めることである。人生は心がけと努力次第である。

私は大学時代にこの言葉と出会いました。
社会に出るときに、この言葉から、仕事上の行動指針を考えました。
「仕事に関する、良書を読もう」
「仕事を一緒にする仲間を大切にして切磋琢磨しよう」
「仕事における、師匠を持とう」
こんなにきちんと考えていたわけではないのですが。
まあ、だいたいこんなところです。


良書と呼ばれる物は、この業界、いくらでも転がっているので
とにかく貪るように読みました。
その時読んだ本は、今も全て保管しています。


仕事仲間、特に同期は大切な存在でした。
最も、転職をして、実質、同期という存在を失って、
そのことに気付きました。
お客様であったり、パートナさんであったり、
先輩であったり、後輩であったり、仕事を一緒にする人々は
様々です。
中には、顔も見たくない人もいましたけど、
今、確実に思っています。
共に、事を成し遂げるにあたって、お互いに、
信頼関係が存在しなければ、うまくいくはずがないと。
良い仕事はできない。


そして、本題の、師匠の存在。
これが一番難しい。
「この人こそ、師匠だ」と思える人って、
周りにいますでしょうか?
そのときの自分の状況や思考によって、多分に
左右されると思います。
自分の師匠となる存在を目の前にしながら、
気付いていないだけの場合もありますから。


私は、幸いにして、師匠に幾人かの師匠に出会うことが
できました。
後から、「そうか、この人が師匠だったのか」と
気付いたこともありますし、「相容れない所があるが
この人は間違いなく師匠だ」と気付いたこともあります。


師匠の存在は、離れたときに身に染みて感じます。
自分が、日々行っている仕事のやり方、考え方、
それは師匠から受け継いだものなんですね。
師匠が傍にいなくても、自分は、学んだことを、
自分なりに手を加えながら、実践している。

そのことにふと気付いたとき、師匠の有り難味を
ひしひしと感じました。