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The Dragon Scroll

Be just and fear not.

時を超えた共に開発する者への思い。

デブサミ ほぼ日記

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 2009年ごろ、所属していた海外沿いのSIerにて、社内の組織を超えた繋がりを作る目的で、社内イベントを開催していた。この開催の後に、自分が残してたエントリを覗いてみて驚いた。

 このイベントに込めた思いが、この会社が続く限り、 生きていて欲しいと願う。 

 これを読むと、すでに自分がこの回で社内イベントの開催を最後にするつもりだったのが伺い知れる。この社内イベントは、100名くらいが参加する、手作りのカンファレンスで、もともとデブサミに触発されて始めたものだ。社内にデブサミのような、自分たちの技術や知識や経験、そして熱さを存分に語る機会を設けようという思いから始めて、この2009年で第3回目を迎えていた。

 2008年にはenterprisezineに取り上げてもらった。

 身近な仲間と繋がり、刺激を与えあう「社内デブサミ」はいかにして生まれたか 

 実際のところ、2009年以降社内版デブサミが開かれることはなかった。私も、当時一緒に企てを推し進めていた友人たちも、一人、また一人と件のSIerを後にしたのだった。

 それから時は流れ、共に社内版デブサミを企画をしていた、川島義隆さんとはコミュニティの方で繋がりを持ち、コミュニティのカンファレンスや関西イベントでの発表など、力をお借りしていた。お世話になりっぱなしなので、少しでもお借りしているものを返したいという思いから、件のSIerでコミュニティとしてイベントを開き、川島さんに話をしてもらう企画を思い立った。

 川島さんの話は、「ふつうの受託開発」と呼ばれる全くふつうではないお話で、いつもはコミュニティで話をしてもらっていたが、本当に届けたい先は、社内の他のメンバーなんだと分かっていた。だから、会場を海外沿いのSIer(もう海外沿いから移転している)にして、社内の人たちが気軽に川島さんの話を聞きに来れるという建付けとした。

 開催日は、あえてデブサミ2013と同じ日の夜にした。デブサミに参加する人たちの多くは、参加のための社内の調整がついていたり、何かアクションを起こそうとしている人たちだと考えられる。

 しかし、デブサミに行きたくても日常の仕事からどうしても参加できない人がもっとたくさん居るのは想像できることだ。デブサミには行けないけども、自分がいる会社で、自分が居る会社の人が、自分の会社の開発の話をする、そこに参加してみようと思う人たちに向けて、開催を企てた。

 HangarFlight - BlizzardSailing -

  開催からしばらくして、企画を手伝ってくれた海岸沿いのSIerの友人たちと、ふりかえりを行った。ふりかえりの中で、ある若いエンジニアがこんなことを言った。

「DevLOVE(DevLOVE2012というカンファレンス)に参加して、僕はどよめきを得たんですよ。」

 お前がいうどよめきとは何か?と聞いても、とにかくどよめいたとしか言わない。何なんだよ、どよめきって。彼のどよめきが実に面白くて、どちらがけしかけたか定かではないが、じゃあ、海岸沿いのSIerの中でもどよめきを得ることやれよ、という話になった。むかし、海外沿いのSIerにもどよめきを得る場があったんだよ、社内版デブサミと言ってな。お前ら明日ではダメだ、今すぐ事を起こせと、ふりかえりの帰り道に、彼らのオフィスに押し戻して、今すぐ企画メンバーを集める檄文を社内SNSに書け、と半ば強引に事を進めた。

 それから、しばらく静観を続けた。もとより、海岸沿いのSIerの社内カンファレンスなのだ、私が出る幕など無い。ある日、彼らの中心に立ったリーダー(彼と出会ったときは彼も若かったが、今では立派な中堅社員になっていた)がその場に私も呼んでくれるというメッセージをもらった(実のところ何とか押しかけようとさえ考えていた)。

 かくして、社内版デブサミは再開し、私は彼らと再会したのだった。どよめきの彼とも、リーダの彼とも、もちろん川島さんとも。それから、2009年の開催にあたって激しくやりあった当時の企画メンバーで、今回も企画を支えたごみさんとも。5分LTでも必ず100枚近くスライドを用意する塩じいとも。今回のリーダーを支えてくれたあまぬまや、現場仕事に追われて外に行く余裕もない若きインフラエンジニアも。満面の笑顔を見せてくれた。そして、藤原士朗とも。  

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 面の厚いことだが、LTの時間をもらえたのでこの話をした。

  Can we change the world?

  この話は、最初の社内版デブサミを開いて、開きました!という事例発表をXP祭り2007というカンファレンスで話すために用意したものだった。かなり若い内容だが、あえて手を入れることをせず、あの時と全く同じ話をした。

 みんな、開催にあたっては、本当に参加者が会場に現れるのか、始める瞬間まで不安だったはずだ。だからこそ、この話をはなむけにしたかった。みんなが図らずとも生み出した熱量は、きっと届いているはずだ。大丈夫だ。なぜなら、すでに私が、6年前にそれを証明しているからだ。

 リーダが祭りの最後に言った。やめていった人たちが悔しがるような場を作るんだ。すばらしい。きみは既にそれを達成している。

 私が2009年に残した最後のエントリ、その願いとも言うべき予言は、彼らの手によって成就したのだった。